今から54年前の今日、1972年2月6日。 日本中が歓喜に包まれた伝説の出来事をご存知でしょうか?
実は「2月6日」は、日本の冬季スポーツ、特にスキージャンプにとって、信じられないほどの奇跡が重なる特異日なのです。
そして、運命のいたずらか、本日2026年2月6日(金)。 私たちは再び、歴史的な瞬間に立ち会おうとしています。
伝説の始まり
1972年 札幌の空を埋め尽くした「日の丸」
時計の針を1972年に戻しましょう。 札幌オリンピック、スキージャンプ70m級(現ノーマルヒル)。
当時、冬季五輪で一度も金メダルを取ったことがなかった日本。 しかしこの日、笠谷幸生、金野昭次、青地清二の3選手が、表彰台の1位から3位までを独占しました。
彼らが「日の丸飛行隊」と呼ばれるようになったのは、まさにこの日が原点です。 今のV字ジャンプとは違う、スキー板を揃えて飛ぶ「クラシカルスタイル」の美しさ。 当時を知る人にとっては、あのサイレンのような歓声が耳に残っているのではないでしょうか。
【動画で観る】笠谷選手
記憶に残る「世界一美しい放物線」
1998年 長野の熱狂
札幌から26年後。その伝説は、長野で再び蘇りました。 1998年長野オリンピック。 当時、テレビの前で息を止めて見守った方も多いはずです。
団体戦での原田雅彦選手の涙のインタビュー「ふなぁきぃ〜」も名場面ですが、個人ラージヒルでの船木和喜選手のジャンプは、今でも「世界一美しい」と語り継がれています。
審判員全員が飛型点に「20点満点」をつけた、あの奇跡の瞬間。 まるで鳥のように、身体とスキー板が一直線になり、吸い込まれるようにK点を超えていく姿。 あの感動は、何度見返しても色褪せることがありません。
【動画で観る】1998年 長野(船木選手)
そして伝説は続く
2026年 ミラノへのバトン
札幌の笠谷、長野の船木。 そして今、そのバトンは小林陵侑選手へと受け継がれています。
前回の北京五輪(2022年)で、札幌の笠谷選手以来となる「ノーマルヒル金メダル」を獲得した小林選手。 彼もまた、圧倒的な強さと新時代のスタイルで世界を驚かせ続けています。
【動画で観る】2022年 北京(小林選手)
新たな歴史の幕開け
そして、ここからが本題です。
2026年2月6日(金)。 この「日の丸飛行隊の日」に、何が起きるかご存知ですか?
そう、ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季オリンピックの開会式です。 (※日本時間では翌7日早朝)
54年前に日本初の金メダルラッシュに沸いたその記念日に、新しいオリンピックが開幕する。 この偶然は、きっと日本チームにとって追い風になるはずです。
テレビの前で熱狂したあの日々を思い出しながら、あるいは新しい伝説の誕生を期待しながら。 再び雪と氷の祭典に熱くなってみませんか?
おじーは1998年の長野オリンピックをTVで観戦。
最後の着地までの滞空時間が長くそのまま顔で着地しそうなくらいぎりぎりまであの体制からのきれいな着地。
船木選手のムササビジャンプは当時各局で何回も放送されるくらいブームになっていたのを記憶してます。
オジーもこんな風に飛んでみたいなぁ~と思ったことがあるのですが、ジャンプ台のスタート位置からの画像を見た瞬間、その考えはなくなりました(笑)
皆さん見たことありますか?
高所恐怖症の私にとってあれは地獄にしか見えませんでした。
あなたのオリンピックエピソードも共有して頂けると嬉しいです。
see you soon.

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